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東京高等裁判所 昭和56年(ネ)1804号 判決 1982年10月14日

控訴人 志村興業株式会社

右代表者代表取締役 山津久見

右訴訟代理人弁護士 真壁重治

被控訴人 志村佶延

右訴訟代理人弁護士 野村政幸

主文

原判決を取消す。

被控訴人の本件訴えを却下する。

訴訟費用は 第一、二審を通じて二分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

事実

一、控訴人訴訟代理人は、主文第一項及び第二項と同旨(第二項に関する本案の申立として、被控訴人の請求を棄却する。)及び「訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

被控訴人訴訟代理人は、控訴棄却の裁判を求めた。

二、当事者双方の事実上の主張は、訴えの利益に関する左記当審における主張を加えるほか、原判決事実摘示記載のとおりであるから、これを引用する。

(当審における主張)

1. 控訴人

(一)  本件決議に基づいて選任された取締役のうち大島清三郎は昭和五五年二月二六日に、志村恵三は同年三月三〇日に、いずれも死亡により終任となった。

(二)  控訴人会社の取締役及び監査役の任期は、定款により就任後二年内の最終の決算期に関する定時株主総会の終結のときまでと定められているところ、控訴人会社は本件決議後の右要件に該当する株主総会を昭和五六年一一月一九日開催し、同日その終結をみたので、右死亡した取締役ら以外の本件決議で選任された取締役、監査役らも、任期終了により終任となった。また、右株主総会において、新たに山津久見、置鮎俊秀、斎藤林作、青柳俊治及び志村公弥が取締役に、安藤清及び武内正人が監査役にそれぞれ選任され、いずれも同年一二月三日その旨の登記を了した。

(三)  よって、被控訴人の本件株主総会決議取消の訴えは、訴えの利益を欠くことになった。

2. 被控訴人

(一)  控訴人の右(一)及び(二)の主張事実は認める。

(二)  しかし、次のような特別の事情があるから、本件訴えの利益は失われていない。

(1) 本件決議により選任された役員山津らはその任期中に役員報酬及び役員交際費として控訴人会社から別紙(一)「支払金等一覧表」一記載の会社支払金の支払を受けた。

右支払金は、本件決議が取消されると、直ちに控訴人会社に返還されるべきものとなる。

(2) 本件決議に基づき選任された取締役によって構成された取締役会の決議により、控訴人会社の代表取締役に選任された山津は、昭和五五年一一月下旬頃訴外川崎信用金庫との間で、控訴人会社の同信用金庫に対する右支払金等一覧表二記載の会社借入金の利息の率を同年一二月一日から同記載のように引上げる旨を約定し、その後控訴人会社は右改定利率により利息を支払っている。ところで、山津は同信用金庫から出向して控訴人会社の代表取締役になったもので、昭和五五年一月二八日に本件決議の取消しを求める本訴が提起されたことは同信用金庫に報告していた筈であるから、同信用金庫は、本件役員選任決議に瑕疵あることを熟知していながら、控訴人会社に右利率の改定を要求し、これを約定させたものである。

本件決議が取消されると、右利率改定の約定も無効となるから、その結果控訴人会社に顕著な利益をもたらすことは明白である。

3. 控訴人

(一)  被控訴人主張の右(二)(1)の点は、会社は、役員を置き役員に役員報酬を支払うのが一般であるから、山津らにこれを支払ったからといって損害を蒙ったとはいえないし、特別の事情には当らない。また、仮に本件決議が取消されても、山津らは前記任期中事実上役員としての職務を行ってきたのであるから、直ちに右報酬等の支払が法律上の原因を欠くことにはならないし、右報酬等の返還請求訴訟の提起について、本件決議の取消しにつき確定判決を得ておくことを必要とするものでもない。

(二)  同(二)(2)の点については、控訴人の川崎信用金庫からの借入金の利息の率が昭和五五年一二月から年九・〇パーセントに改められたことは認める。

しかし、

(1) 右利率の改定は、本件決議により役員が選任される前に、控訴人会社が同信用金庫から借入れをするに当り、当時の代表取締役志村恵三が同信用金庫に対して昭和五一年七月九日付で差入れた金庫取引基本契約証書及び昭和五四年七月三一付で差入れた信用金庫取引基本契約証書中に定められた、借入利率の変更に予め同意する旨の約定に基づいて行われたものである。

(2) 銀行、信用金庫等の金融機関は、貸付取引を始めるに当り貸付先に対し、ほぼ統一された内容の基本契約証書を差入れさせ、その中には、将来貸付側が貸付利息等の割合を金融状勢の変化その他の事由によって一般に行われる程度の変更をする場合について借入側は予め同意する旨の条項が設けられているのが一般である。控訴人会社が川崎信用金庫に差入れた各契約証書も右の一般の例により差入れたものであって、その中の利率改定に関する約定も、右一般の例により設けられたものである。

そして、従来から控訴人会社に融資していた各金融機関の貸付利率の状況は別紙(二)貸付金利等一覧表のとおりであるから、川崎信用金庫からの借入金の右利率改定は、実質的にも不当なものではない。

理由

一、控訴人会社の昭和五四年一〇月三〇日開催の株主総会の決議(本件決議)に基づき選任された取締役山津久見ほか六名及び監査役安藤清(以下「当該役員ら」という。)のうち、取締役志村、同大島が任期中死亡し、その余の者がすべて昭和五六年一一月一九日任期満了により退任したこと、また右任期満了に際し開催された株主総会の決議に基づいて新たに取締役ら及び監査役が選任されたことは、当事者間に争いがない。

ところで、役員選任の株主総会決議取消しの訴えの係属中、その決議に基づいて選任された取締役ら役員がすべて任期満了により退任し、その後の株主総会の決議によって取締役ら役員が新たに選任されたときは、特別の事情のない限り、右決議取消しの訴えは、訴えの利益を欠くことになるが(最高裁判所第一小法廷昭和四五年四月二日判決・民集二四巻四号二二三頁)、当該役員の一部が右任期満了前に死亡により終任しているときも同様であると解すべきである。

二、被控訴人は、右特別の事情として、本件決議が取消されると、(1) 控訴人会社は、当該役員らに支給した報酬、交際費を取戻すことができること、(2) 右決議に基づき選任された取締役らによって選任された代表取締役山津が川崎信用金庫との間でした借入金の利率の改定の約定を否定することができることを主張する。

なるほど、本件決議が取消されると、右決議に基づく役員の選任は遡って効力を失うこととなり、役員らに支給された報酬、交際費は、一応、法律上の根拠を欠くことになるし、右取締役らによって構成される取締役会によって選任された代表取締役のした行為には瑕疵があることになる。逆に、右決議の取消しが許されないとすると、当該役員らの地位を否定することはできなくなり、役員でなかったことを理由としては、役員報酬や交際費の返還を求めることや代表取締役の行為の効力を争うことはできなくなる。右のような観点からすると、本件決議を取消すことに全く異議がないとまでは、いうことはできない。

しかし、右特別の事情があるというためには、当該役員らの行為によって会社(ひいて株主)が損害を蒙り、しかも、その損害を回復するためには、株主として、右役員を選任した株主総会の決議を取消し、右役員の地位を否定する以外に方途がない場合であることを要すると解すべきである。そのような観点から考えると、被控訴人主張の前記諸事情は、なお右特別の事情とはならないといわなければならない。何故ならば、山津らに対する役員報酬、交際費は、それが著しく過大なものであった等の証拠はなく、被控訴人の主張によっても、むしろ、何人が役員であっても会社が通常支給する程度のものであるから、その支払が会社が受けた損害であるとはいうことはできないし、仮にもしその支払が違法、不当であり、支払額の範囲内で会社に損害が生じたとしても、当該役員らの地位を否定しておかなくてもその損害を回復する途がないというわけではない。また、川崎信用金庫からの借入金の利率改定は、<証拠>によると、当該役員らの就任前になされた前記控訴人主張の川崎信用金庫に対する事前同意に基づく、経済状勢の変動等による通常の貸付利率の改定であることが認められるので、その利率引上分に相当する利息の支払が会社の受けた損害であるということはできないし、仮にもしその改定が違法、不当であり、右利率引上げ分の利息支払額相当の損害を会社に与えたことになるとしても、あえて山津が代表取締役であったことを否定しておかなくても、損害回復の途がないというわけではない。

三、以上のとおりであるから、被控訴人の本件決議取消しの訴えは、右決議に基づき選任された役員ら全員の終任と昭和五六年一一月一九日開催された株主総会決議に基づく新役員の選任により、訴えの利益を欠くに至ったものというべきである。

よって、本案につき判断せず、原判決を取消し、本件訴えを却下することとし、訴訟費用の負担については、訴訟の経過にかんがみ、民事訴訟法第九六条、第八九条、第九〇条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田尾桃二 裁判官 内田恒久 藤浦照生)

<以下省略>

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